雪の降る江戸の芝居町、木挽町。
ある夜、森田座の裏通りで、若衆菊之助は父の仇を討ち取った。
白い景色の中、赤い着物を羽織り名乗りをあげての真剣勝負。見事あだ討ちを果たした菊之助は仇の首級を掲げる。
鮮血に彩られた、美しささえ感じさせるその様子を、森田座の人々をはじめ大勢の町人たちが目撃した。
だがその一幕の裏側には、秘められたからくりと町人たちの矜持があったのだ――

現在映画が絶賛上映中の『木挽町のあだ討ち』。
各章では一章ごとにひとりづつ、事件の目撃者である森田座の面々が目撃談を語る。皆が口をそろえて、見事な仇討だった、菊之助の人となりに惹かれたと言う中で、読者はこれが見た目通りの出来事ではないことに気付いていく。とにかくその情報開示の手順が秀逸で、作者の強力な誘導により、読者は事件の裏面に迫っていく一方で、謎の本質がそこではないことを知ることになる。

とはいえ、この物語の白眉は町人たちの生きざまにある。
芝居小屋という「悪所」で生きる人々には皆、苦悩に満ちた過去や壮絶な来歴がある。だからこそ武家以上の達観した人生観やしたたかな矜持を持っているのだ。そういった人々が物語の真ん中に存在しているがゆえに、芝居小屋という舞台の小ささに比してそれを遥かに超える深さやひろがりが感じられる作品となっているのだろう。
読後感も清々しいミステリ仕立てのあだ討ち物語、未読の方にはぜひ手に取っていただきたく思う。

木挽町のあだ討ち
永井 紗耶子
新潮社
781円(税込)