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東京上野から歩いてほどなく「純喫茶西行」はあります。隠れるようにたたずむその喫茶店はなんと戦前から続いているとか。レトロ喫茶ブームの昨今いまだ知る人ぞ知る存在なのが不思議でなりません。
代々のマスターのみが淹れることを許されたコーヒーは馨しく懐かしいお味。ホットケーキやサンドイッチなどの軽食のファンも多いとか。
100年以上の歴史があるだけあって常連客も年季が入っています。
親の代からで常連というご老人や、戦前は女給として働いていたと嘯くご婦人も(だったら今いくつ?)
穏やかに時が流れる店内はずっといられる居心地の良さを感じます。
ぜひあなたもドアという名のページを開いて、大正時代にタイムスリップしてみませんか。
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嶋津輝著「カフェーの帰り道」は大正から昭和までの激動の時代をカフェーの女給として働いた女性たちを描いています。
大正時代末期から始まる物語は夫の浮気相手らしき女給に会いにカフェーに出向く「稲子のカフェー」から始まります。「嘘つき美登里」は息をするように嘘をつく美登里が新人女給の園子の嘘を暴こうと奔走するなかで奇妙な同盟関係になってしまうコミカルな物語です。そのほかカフェーに集う女性を中心に戦前、戦中、戦後を描いた5編の連作短編集です。
女性の立場が今よりずっと軽く扱われていた時代に、様々な事情を抱えた女性たちの人生の交わりがちょっとした化学変化を起こし、章を変えるごとにつながりを深めていくのが読んでいて胸を熱くさせます。
嶋津作品の魅力は小説に描かれているのはほんの一部であって世界はもっともっと広いんだと感じさせてくれるところです。行間にも行の外にも詰まっているだろうドラマを私たち読者が好き勝手に想像して楽める隙間を残しているのも妙につきます。
デビュー作「駐車場のねこ」の世界はきっと「カフェーの帰り道」の世界とつながっているようにも思います。
日常から救い上げられた物語をまたぜひ受け取ってみてください。