今回紹介するのは辻原登著「冬の旅」です。

単行本の発売が2013年、文庫の発売が2015年と約10年前にでた作品をなぜいま紹介するのか。

それはかなり個人的な話になりますが、1/1の地震で倒れた自宅の本棚の奥からこの本の書評の記事の切り抜きが出てきたからです。10年前、私は気になる書評を取っておくのを習慣にしていたことも同時に思い出しました。

そこには「美しい鎖骨から狂う人生」と見出しがあります。10年経っても気になる内容です。早速入手し読んでみることに。

冒頭は主人公緒方が刑務所から出所するシーンから始まります。5年の刑期を経た緒方にはいく当てもなく、刑期中に亡くなった母親の遺骨とともに大阪の街をさまよい歩きます。

彼の行先には順風満帆な人生を送っていたなら出会わなかったような場所、人々が待っています。そして死の影がつきまといます。

 なぜ緒方は刑務所にはいることになったのか。緒方はどんな罪を犯したのか。それは回想とともに語られることになるのですが、それにしてもなかなか「鎖骨」が出てこない。

一体緒方の鎖骨はどうだというのだろうともやもやしながらも読み進めると、やっと「鎖骨」が出てきた途端に、物語は狂ったように流れを変えます。

鎖骨に異常な執着をもつ白鳥という男、この男が緒方の人生を狂わせます。緒方の鎖骨に魅了されたのは白鳥だけではありません。緒方の妻になるゆかりもその一人です。ゆかりの悲劇的な人生もまた緒方の転落していく一因を担うことになります。

 緒方の人生と交わっては離れ、また交わり離れてゆく多くの人の人生。何気ないエピソード、人物があとから大きく意味が出てくるので全く油断できません。

 
阪神大震災やオウム真理教の事件など昭和後期を象徴する事件が物語に織り込まれリアリスティックかと思えば、熱に浮かされたような超現実的な描写を入れ込んできたりと、読む人の心を揺さぶり、息をつく暇もないほどに読ませる著者の力量に圧倒されます。

 ずしりとお腹にたまるような小説でした。

 

冬の旅
辻原 登/著
集英社
814円(税込)